はじめまして。
株式会社白亞、代表取締役社長の
糸井謙司と申します。

白亞はダスキンサービスマスター茨城県第1号店としてスタートし、早くも30年以上この地域で歩んでまいりました。ダスキンには「祈りの経営」という経営理念があります。喜びのタネまきを通して、いわゆる生きがいのある世の中にしていくっていう。今、私たちの会社は、その理念を“本気で”実現させようと思って取り組んでいます。

カンタンに言うと、「お掃除することによって、生き甲斐のある世の中にしていく」というようなところです。

と、偉そうなことを言っていますが、実は私自身、「たかが掃除でしょ、何バカなこと言ってんだ」と初めは思っていたんです。かなり心がねじ曲がっていた、、、
人のために何かやりたいそんな人に来てもらいたい

正直、人なんて
裏切るもの、、、

白亞の創業者は現会長。父です。私は実は30年ずっと白亞で歩んできた訳ではありません。前職は営業や企画を生業として、まったく違う職種で東京や神奈川で過ごしておりました。掃除とは全く違う仕事です。

元々は継ぐ気も無かったんです。仕事自体に魅力を感じてたわけでもなんでもない。私は私で違う仕事でやっていく予定でした。戻ってきたのは物理的な理由でしかなかったんです。それは、、、
独立して、しくじって無一文になってしまったから。

あと身重の嫁さんを抱えた状態だったので、生きるためにとりあえず選択するしかなかった、、、正直、やりたい仕事で戻ってきたわけではないので、やる気もありませんでした。

営業成績が全国一位

元々、私は営業職で、フリーペーパーの広告掲載を集めていました。店舗などに行って、広告掲載をお願いして回る仕事。

お客さまが喜んでくれるために走り回ったり、情報持っていっても相手が望まなければ、ムリに勧めもせず、楽しくやっていました。結果的にそんなに悪い成績を出さなかったんです。営業所の所長にもなりましたし、全国の中でも一位だったり、大分良い思い出はあります。

でも今思うと、会社がブラックだったんです。ノルマノルマで、「契約とれるまで帰ってくるな」っていう世界。契約とれないやつなんか人間扱いされない。私自身そういうのがすごく嫌で、数字に追われるのっていうのが嫌でした。

何のプランもなく起業。
そして裏切り、、、

そんな中、料理を作るのが好きで 飲食店に興味があったんです。「うどん屋をやらないか?いずれチェーン展開していかないか?」という話を持ちかけられました。ちょうど、うどんの映画で讃岐うどんブームだったとき。「これからそれが広がって行くからやらないか?」という誘いに乗ってしまいました。

営業は今の経験があるから、何とかなるだろうと。資金とかは共同経営しようって言ってきた方に任せてたんです。そしたら物件まで決まってたんですけど、その段階で、その人がいなくなってしまった。

持ち逃げですね。後始末を色々やって、借金して、補って。それが32のとき。自己破産はせずにやってたんですけど。

バイト生活

しばらくは東京の高田馬場とか新宿西口の駅前で、夜中に交通整理のバイトをして食いつないでいました。東京の地下室みたいなところに住みながら。でも、奥さんのおなかに最初の子どもがいた状態でしたから、これでこのバイトで日銭を稼ぐ生活をして、子どもを養うなんて「まず無理だ」っていうのがあって、それで仕方なく実家に戻る事にしました。

当時の白亞

その時は会社の状況がどうなっているのか知りませんでした。何年か前にはサービスマスターで日本一になったというのは聞いてたんです。だからすごく調子がいいんだろうなと思っていました。でも実際は、そこから大分落ち込んでいました。

給料が決して高くはない中で、私が舞い戻ってきて、ろくに仕事もできない、やる気の無いやつが増える事によって、自分たちの給料が更に下がる。そんな冷たい空気があって、いづらい職場でした。

イヤイヤ仕事を始めた

初めは1人のスタッフとしてスタート。現場に嫌々行って、ただモップをこうやってって「ここからこっちまでやれ」って。「はい」って言って、もう何が楽しくてこんなことやってんだと。「なんだよこれ」っていうおもしろくも何ともない。そういう感じの姿勢だから、仕事で抜けも当然出ます。だからまた怒られる。ますますこっちも嫌な気になる。「ここ抜けてんじゃねえか。もう1回ちゃんとやれ」と言われると「なんだよ。だったらお前がやれ」とか、そういう気持ちで、もう嫌々やってたから喜びもへったくれもありませんでした。

お客さまは
本当に喜んでいた

そんな日々でしたが、年末の掃除にいったとき。広いお宅で、外で網戸のクリーニングがありました。12月ですごく寒い中、結構な人数で行きました。掃除が終わった後、おばあちゃんとおじいちゃん夫婦が、すごく喜んでくれて「これでお正月、孫を迎えられるよ」って嬉しそうに言ってくれた後に、いろいろな料理を用意していてくれて、もてなしてくれて。

「仕事したんだから、そこまでしてくれなくても」と思ったんですけど、それまでずっとお礼を言ってくれました。「こんなに人が喜んで感動してくれる仕事ってすごいな」ってそのときが最初でした。会社入ったばかりの頃、嫌々いった現場。4人か5人位で行って、網戸なので高圧洗浄機を使って。冬なので跳ね返りの水が身体に当たってめちゃくちゃ寒かった。それで最後に一人一人にチップをくれて。そこまで感謝して感動してくれたんだと印象的でした。

泣いて喜ぶ人もいた

他にも、古い大きいきいお家で、すごい部屋数が多いお宅で、大掃除のときに行きました。「どんだけ部屋があるんだ」って言うぐらい部屋がたくさんあるような方でした。でも1人で住まわれていて、「これは大変だ」ってことで、みんなで空いてる部屋とか、言われたことよりも、ちょっとワンポイントで余分に廊下までやってあげたりとかしたときに、すごく涙を流して最後に喜んでくれたんです。

すごいなと。涙流して喜んでくれて、いっぱい色々お土産くれて。まあそれがいいかどうかは分からない。それを受け取っちゃってよかったのかどうか分かってないですけど。

ただボランティアで行ったなら分かるんですけど、お金貰って、こちらも当然それだけのお宅のお掃除ですから、そんな安いわけではないんです、正直言って。お金を貰ってやった仕事で、こんなに感動してくれて感謝してもらえる。それはこの仕事を始めたばっかりの頃の、最初の年末のお掃除だったのでそれはすごく印象に残ってます。

「こうした方が便利ですよ」「ここ、こうなった方がきれい。ここもせっかくだからやっときますからね」「ここもどうせ、いつも通るとこだったら、きれいになった方がいいでしょうから」ってことでやってる。そういうものにやっぱり感動されたんじゃないのかな、と振り返って思います。

あとは本当にきれいになった状態を見ると、人間って感動するんだなっていうのは、経験を重ねて思うところです。

子供の寝顔を見て
思ったこと

イヤイヤ仕事を続けながら、そういった出来事もあったりする。だからどこかで、やっぱり私の場合は、すごく「こんな自分でいいのか?」と思っていました。

その時ちょうど、うちの子供が生まれたばっかりだったので、親父として「こんな親父を子供らはどう思うかな?」って思ったら、、、ただただ「かっこ悪い」の一言。やっぱり子供から見て、輝いてる親父でありたいと思ったし、大人でありたいと思った。

まあそう思ったとしても、仕事も環境もすぐは変わらない、、、だけど、変えられるとしたら、自分のあり方、仕事に向かう向かい方。これなら変えられるし、「それを変えなかったら変わんないよな」って思って、初めて前向きに仕事向かうようになったんです、そのときから。

あるとき、、、あれはいつだったか、ちょっと覚えてないですけれど、なんかもうやけ酒を飲んで帰った。嫌な気持ちで帰ったときに、寝ている子供らの顔を見たときに、ハッとしたのが、やっぱりきっかけだったかもしれません。

自分の仕事への向き合い方。その現場の仕事自体は変わらないわけなんで、それをどう向かうかって。自分がやりたいやりたくないじゃなくて、そこを必死になって一生懸命やっていこう。そう思ってモップのかけ方ひとつから、向き合い方を変えました。そのとき私の担当は、害虫駆除だったので、もうほんとにどうやったらうまくできるかと、一つ一つの仕事に真剣に向き合うようになりました。

お客さまの
顔が見えるように
なってきた

自分の中でそういうのを考えて取り組むようになってくると、だんだん仕事自体が面白くなってきました。少し面白くなっていくと、今度はお客さまの顔が見えるようになってきたんです。

真剣に取り組むことによって、お客さまが喜んでくれる顔、感動してくれる顔が見えるようになってきて、そうすると、もっと喜ばせてあげたくなる。「ありがとう」って言ってもらえると、次もそう言ってもらいたいし、行くお客さまは基本的にみんな喜んでもらいたいと思うようになる。思うようにもなって、それで頑張ってやっていくと、やっぱりもっと喜んでくれて、そういう人も増えていって。

そうなってくると、すごくやりがいも出てきたし楽しくなってきましたし、職種がどうこうとかじゃなくて、それを通してお客さまが喜んでくれる。それは自分の技術が上がった、前向きに取り組むようになったから技術が上がったってのいうもあります。でも、自分自身の姿勢が変わったっていうのもあるし、それを通してお客さまを喜ばせることができるようになった。それがやっぱり嬉しくなっていって、本当に色々なことに気付き始めました。

「喜びのタネまき」の
意味が初めて分かった

私の場合は、そこで初めてダスキンの言ってる理念の意味とか、白亞がずっと創業時から言ってる理念の意味っていうのが、やっとそこで分かった。「喜びのタネまきを通して、いい世の中にしていく」。

きれいごとじゃなくなってきたんです。きれいごとじゃなくて、本当にそうだなっていう実感として、お客さまをこうやって喜ばせてあげることで、世の中を変えていけるんだ、変わっていけるんだ。人間も変わっていける、まあ自分自身を見ても、人間は変わっていけるんだなってのもありました。

お客さまとの距離が
近くて驚いた

今、すごく思っているのは、お客さまのとこにいって物をきれいにすることによって、お客さまが喜んでくれたりして、お客さまとの距離がすごく近い仕事だということ。元々、営業の仕事をやっていたので、お客さまとの距離をこれだけ近くするのに、どれだけ大変だったかっていうのを思い出してみると、よく分かる。

お客さまとのつながりとか、なにかこちらから押していったというよりは、向こうが感謝してくれてお礼を言ってくれて、距離感が近くなるっていう近づきかた。仕事としてお金をもらってやってるのに、感謝されるって、命を救うというならわかるけど、そうじゃないのに、、、やっていく価値がすごくあるなと思いました。

掃除って人を変える

私自身だけでなく、スタッフにも変わっていた例はあります。ちょっとコミュニケーションを取るのがそんなに上手じゃなく、まわりと馴染むのに難しさを感じていたような子がいて、その子がこの仕事やるようになりました。

基本的に目の前にあるものを磨く仕事なので、そこで真摯になって一生懸命、でもすごく真面目でコツコツ頑張るタイプの子だったんです。そこをコツコツとやってく中で、すごく明るくなっていって、周りとも、うまく一緒にやれるようになっていった。

その子が福祉施設、障害者施設の大掃除に入ったときに、その障害者施設のスタッフから「あの子くれないか」と。「あんなコツコツ黙々と頑張るような子、うちのスタッフに欲しい」って言われるように。

もちろん断りましたけど。でもそれぐらい人としてのヒューマンスキルって言うのか、それがやっぱり磨かれていく仕事だと私は思ってます。

これは、うちの創業者である会長がよく言ってたのが「物をきれいにしてくと、きれいになった分、自分の心もきれいになっていく」なんてのは、よく言ってたんです。私はそういうのを当初は、右から左に「何バカなこと言ってんだ」って聞いてた方で。でもやってみるとやっぱりそうなんです。物を磨いてく、きれいにしてくと、なんかこっちの心もすごく清々しくなっていく。本当に人と向き合ったり、普通にそれについていろいろ話できるようになったり、何か人とコミュニケーション取れるようになったりっていうのが自然となっていく、不思議なことで。

だからお寺なんかで、修行の一番最初って掃除から始まるってのは、うなずけるんです。物を磨くところから始めさせるっていうのは、何かそういうのが通じるところがあるのかなっていうのは、実際そういうところはあるとは思います。真面目にコツコツ磨いて磨いて、やっていくとだんだん、自分が磨くことで汚れが落ちてってきれいになっていく。

パッと顔上げると、ピカピカになっているのを見て、すごく心が洗われる。そういう感覚がたぶん、たぶんっていうか、あるのは間違いないんですけど。

多分、彼の場合は、だんだんそれで人の役に立って、結局それまで仕事しても、アルバイトなんかいろいろやってたみたいですけど、ずっと続かなかった。でもそれが自分も役に立てるっていう仕事をすることで、「人を喜ばせることができる」「人の役に立つことができる」「貢献することができる」っていうのが、だんだん自分の中で喜びになり、自信になってったんじゃないのかなって、私は思ってます。

社長就任のころ

一方で社員の人達とは、仲良くなってくるとみんなの愚痴も耳に入るようになりました。会社の文句。上司や幹部、社長に対してとか。そこに居ない人の悪口を言う。

「給料もこんな安月給じゃやってらんねえ」。上司に対しても「何考えてんだか分かんねえ」。そういう悲惨な空気で、給料も下げられたっていう話が出たり。不満が出ていた。仕事としてやってるっていうのが、ありあり見えてる感じで。

お客さまに対しての文句も、いろいろクレームついたりすると「なんだよ。そんなこと言われたってそうなるんだよ」って。「そんなきれいになんか、なるわけねえじゃねえか」とか。そういうのを言っている人はいました。

試行錯誤して
会社の雰囲気が
変わっていった

私が社長になったときの会社が一番どん底でした。会社の不信感がすごくて、「どうせ言ったって変わらない」。こちらが言った事も「聞いてはいるけど、やる気はない」って感じでした。

それから、私は一つ一つ、みんなの要望を聞いて、その中でも承認したものは、必ずやるようにしたんです。壊れている掃除機を使っていて「なんでそれ使ってるの?」と聞いてみると、以前は「壊れてるので新しくしてください」って言ったら怒られたと。「使い方が悪いから壊れるんだ」と責められたと。

私はプロなんだから「新しい道具使うの当たり前でしょ」と。お金もそんなに無いですけど、できる限り新しくしたりとか、財務もちょっとずつ改善して行く中で、給料も努力していったりとか。

すると、ちょっとずつ会社に対しての信頼も「話聞いてくれるかも」とか「分かってくれるかも」「良くなっていく事で自分たちにも還元してくれる」と、そういう感じになってきてくれました。

まずは社員の満足度を
上げたい

「社員の満足度を上げていこう」と考えていく中で、前向きに働くスタッフが増えてきました。自分たちで「もっとこうしよう」「ああしよう」っていう話が出てきたりとか。数字に対してメンバーが、「今月これだけだから、帰り際に近くのお客さまに声かけていこう!」とか、こっちから何も言ってないんですけど、そういう話が自然になってきました。職場の空気が変わってきました。 楽しい空気になってきましたし、愚痴もあまり聞かなくなりました。

社員が
変わっていってくれた

社内の空気に悩んでいた頃、成功している経営者とか、マネジメントの専門家とか、誰に相談しても「人を入れ替えろ」って言われたんです。でも、入れ替えたところで、もっといい人が来る保証はなかったですし、そもそも愚痴りながらも、残ってくれた人たちなんで、なんとか変わってくれるならそれが一番かなって思ったんです。

あまり良いとは言えない雰囲気や環境でも、会社に残って頑張ってくれて、今は前向きな人が本当に増えてきました。例えば、女性スタッフで、今は役職に就いて一番良くやってくれている人がいます。

すごく前向きに、「お客さまにこうやってあげようか」とか。今は部下を持ってるんですけど、1人1人のことをちょっと見て、たまに社内のSNSとかあって、そこで全体の連絡とかで入ってくるんですけど「今月目標がこれに対して今こうです。まだまだそこには足りないから、みんなで頑張って1人でも多く」と声をかけたり。

会社の目標で掲げているものがあるんですけど「それちゃんとみんなやってますか?それをやるって決めたんだからちゃんとやりましょうね」っていうことを発信する側になってます。あのときの会社の空気を考えると、こういうシーンは考えられませんでした。本当に社内の雰囲気が変わった。

言わなくても
前向きに働く
社員たち

男性の社員も、元々、積極的には文句を言わないような人だったけど、かわいそうな思いをさせてしまっているような人がいました。仕事に対して冷めてたりしている様子でした。

今はすごく積極的に、提案書も写真付きで出してくれたりとか、施設関係の現場にそれを持っていって、新しいところを毎年のように増やしていったりとか、仕事しながら気づいた事とはやっていくみたいな。努力を一生懸命やってくれてます。会社が用意したわけじゃなくて、彼が資料を作ってくれたり。

どうして
変わってくれたのか?

私のポリシーの一つでもあるんですけど、会社で起こってることは全部社長の責任だと思ってるんです。例えば「クレームが出ちゃいました」となったとき、以前は「何やってんだ。お前が謝ってこい」っていう感じだったんです。出した人間が文句言われて。

もちろん、なぜそういうクレームになったのか?というのは反省をしてもらいます。でも人間は基本的にミスをするものだし、そういうかったこともある。

そういう人を雇った責任は社長にあるし、その人をそこに行ってと決めたのも、最終的には社長なんだからクレームが出たら社長の責任。だから「謝るときは自分が謝るから」っていう風なのは一つ明確にしてるんですルールとして。

そういう姿勢を、会社としてちゃんと責任をとる。だからみんなは頑張って働いて、やってくれたことには、ちゃんと報いていく。

これを一度、明確にみんなに話したんです。私がそれ言ってから、もうすごかったです。何件も何件も謝り通した1か月っていうんですか、そこから1か月は。毎日のようにどっかに行って頭下げてるっていうか。でもそこで上辺だけじゃなくて、本当にそうしてくれるんだなっていうところが、みんなと通じ合うことができた。

先ほど例に挙げた女性のスタッフとは、一緒になってその後も、いろいろ何か会社の課題とか考えるときには、当然最終的に決定するのは社長の責任なので決定はしますけど、どうするかああするかっていうのは一緒によく考えたんです。一緒になって考えて話を聞く機会をよく持ったんです。

そういう中できっと、「ここで頑張れば私もここを報いてもらえるし、私が頑張ることで全体がよくなる。全体がよくなれば私もよくなる」っていうところが、きっと本人の中で、気付いたことなんだと思っています。

どうせ頑張ったって会社は分かってくれないし、会社はこうするんだって言ったって、どうせ私には関係ないんじゃん。って元々は感じていたのかもしれない。

でも、私が頑張れば会社も伸びる。会社がよくなったら私も報われるっていう。いきなりそうなったわけじゃなく、当然ある程度の時間のいる話ですけれど、やっぱりそういったことが大きいかったと思います。

本気で、
掃除の仕事は世の中を
幸せにできると信じた

私自身もこの仕事を始めて、色々な経験をして分かったことなんですが、やる前はお掃除の仕事っていうのがピンときていませんでした。ハウスクリーニングっていうものが。だけどやってみると、お伝えしたようにお客さまの反応がダイレクトに伝わるし、感動がどんどん広がってく仕事だと。

せっかく生まれてきた以上「社会に何らかの貢献をしたいな」とか、「世のため人のために何か役立つことをしたいな」と思ってはいたんですけど、、、まあ医者になる脳みそもなかったですし、そういう努力もしてませんでしたし、政治家なるっていう選択肢も自分の中にはなかった。何をしたらいいかなってピンと来てなかった。

でも、この仕事をするようになって、やっぱり今、社長として見てて思うのは、ほんとに目の前にいる人達をこうやって喜ばすことができて、感動してもらうことができて、そして、そういう人をたくさん増やしていけば、少なくとも、少しずつ社会がいい世の中になっていく。いい社会にしていくことに貢献していける、と感じているんです。実感します。

白亞は社会に喜びと感動を与えていく会社であり続けたいと思いますし、その感動の輪、喜びの輪をどんどん広げていきたいという風に思っています。またそこで働いてるスタッフ、それをできるスタッフをたくさん増やしていく。

子供が見て、働いてる大人ってなんか「すごい楽しそうに働いてるな」「楽しそうに仕事してるな」っていう大人を増やしていきたいですよね。なんかもう大人はみんな疲れてて、私も子供がいるので、やっぱりそう思うんですけど、大人になるとみんな疲れて愚痴を言って、つまんなそうに仕事している。

子供達が、自分らも「いずれ、ああなっていくのかな」と思ったら、未来に希望なんか抱くわけないと思うんです。やっぱり「楽しく元気に生きて、仕事してることが楽しんだよ」そして、「世の中の役に立ってるんだよ」っていう大人を増やしていきたい。

それを見て子供達に喜んでもらえて、そしてどんどん未来が明るくなっていくことに貢献していけるだろうなって思っています。大きいことで言えば、喜びと感動にあふれる世の中にするために貢献していくっていうのが目指すところです。

一緒に
喜びのタネまきを
本気でできる人

そんな風に、一緒にいい世の中にしていく、少しでも感動だとか喜びあふれる世の中にしていきましょうね、っていうことに対して、一緒に働く仲間には、やっぱり賛同してもらいたい。

自分がどれだけできるかは、人によって幅はあると思います。でも、それは「いやいや何言ってんですか。そんなのできるわけないじゃないですか」とか「そんなこと言ったって」という、、、まあ人間ですから、そういう気持ちになっちゃうときも、当然あるのは分かるんです。

でもそこはやっぱり一緒に、そういう夢を見られる、目指すものを一緒に見られる人にやっぱり来てもらいたいなと思っています。「私はそうは思いません。人間なんてみんなこうじゃないですか」みたいな考え方もあるとは思います。だけど、ちょっと一緒にやるのは大変かなっていう風には思いますよね。

全力でフォローしたい

すごくやりがいのある仕事ですし、生きがいを見つけていける仕事だと思っています。そういう気持ちで頑張ろうと思ってる人には、会社としては全力でフォローしますし、一緒に頑張っていくものだと思っています。社長も、ベテランも、新しく来た人も、一緒になって頑張って作り上げていくものだと私は思っています。そういう前向きな気持ちで来てくださる方だったら、全力でフォローしますし、全力で応援しますし、そして一緒に成長していけたらいいと思うし、そうしていけば間違いなく生きがい、やりがいは見つけていけます。

そういう人達が集まって、もっともっとみんなでいい会社を作って、社会にいい貢献がしていけるようなものを作っていけたらなと思うので、そういう人達がたくさん集まってくれたら嬉しいなって思っています。